
夜勤の仕事を終えてソファに腰を下ろすと、うちの柴犬”銀太”(以下、銀太)が部屋の隅で丸くなっているのが見える。
こちらを見ているわけでもなく、かといって完全に寝ているわけでもない。
柴犬を飼っている人なら、きっと一度は思ったことがあるはずだ。
「この絶妙な距離、なんなんだろう…」
いわゆる“柴距離”。
近すぎず、遠すぎず。

人間側からすると、ちょっと不思議で、少し寂しくて、でもどこか心地いい距離感だ。
試しに名前を呼んでみる。
「銀太、おいで!」
銀太は耳だけピクッと動かす。
…それだけである。
もう一度呼ぶ。
「おいでってば!」
今度はちらっとこちらを見る。
しかし、来ない。

来ないどころか、立ち上がってほんの少しだけ離れる。
「な、なんで!?」
おじさんの小さなプライドは、この時点でだいたい傷ついている。
けれど不思議なことに、部屋から出て行くことはない。
距離はだいたい2〜3メートル。
ソファのこちらと、床のあちら。
絶妙すぎるポジションに、柴犬は落ち着く。
そして何より、視線だ。
スマホを見ていて、ふと顔を上げると、
銀太がこちらを見ている。

目が合う。
すると、すぐに視線をそらす。
まるで
「いや、別に見てないけど」
と言っているかのようだ。
そのくせ、こちらが席を立つと、なぜか銀太もゆっくり立ち上がる。
トイレに行くだけなのに、廊下の途中までついてくる。
そして、途中で止まる。

ついてくるわけでもなく、戻るわけでもなく、ただ廊下の真ん中でこちらを見ている。
「そんなに気になるなら、全部ついてくればいいのに」
そう言って近づくと、また半歩だけ離れる。
このやり取りを何度も繰り返して、私はようやく気づいた。
銀太は、たぶん、私のそばにいたい。
だけど、ベタベタはしたくない。
しばらくすると、その証拠がはっきりする。
テレビを見ながらうとうとしていると、いつの間にか静かになっている部屋。

ふと足元を見ると、銀太がすぐ近くで寝ている。
さっきまで部屋の隅にいたはずなのに、気づくとそっと近くにいる。
呼んでも来ないくせに、呼ばなくても近くにいる。
それが柴犬だ。
頭を撫でようと手を伸ばすと、少しだけ場所をずらす。
けれど、完全には離れない。

この距離感。
甘えているわけでもない。
かといって無関心でもない。
言葉にすると難しいが、きっとこれは銀太なりの信頼なのだろう。
「おじさん、そこにいればいい」
そんな感じで見守られている気がする。
私は今日もソファに座り、部屋の向こうにいる銀太を見る。
銀太も、ちらっとこちらを見る。

そして、また視線をそらす。
近くに来ない。でも、どこにも行かない。
たぶんこの距離が、銀太にとって一番心地いいのだろう。
人間からすると少し寂しいけれど、気づくと、これが妙に愛おしい。

ベタベタ甘えない。
呼んでも来ない。
でも、いつも同じ部屋にいる。
そして、ふと気づくと、すぐそばで静かに寝ている。
これが柴犬の愛情なのかもしれない。
