
休日の朝のリビングは、妙に静かだ。
テレビもつけず、コーヒーを淹れる音だけがやけに大きく響く。

そんな中、ソファの端にちょこんと座る我が家の愛犬である柴犬の”銀太”が、じっと私を見ている。
「おはよう」
そう声をかけても、返事はない。
いや、正確には“声”の返事はない。
代わりに、ほんの少しだけ片耳が動いた。

「……眠いのか?」
今度は、しっぽが一度だけ、控えめに床を叩いた。
まるで「質問が雑だ」と言われている気がする。
私は最近、こうして犬に話しかける時間が増えた。
仕事では必要最低限の会話しかしないし、
体力も落ちてきて、飲みに行く元気もない。

気づけば、一番ちゃんと話している相手が銀太という日もある。
「今日は寒いなぁ」
「腰、ちょっと痛くてさ」
独り言の延長のような会話に、銀太はただ黙っている。
でも、その目はやけに真剣だ。
こちらが立ち上がると、同じタイミングで立ち上がり、私が座ると、少し遅れて隣に座る。
「なあ、分かってるのか?」

そう聞くと、今度は首をかしげた。
その角度が絶妙で、思わず笑ってしまう。
まるで「分かってるけど、説明はしない主義です」と言いたげだ。
若い頃は、家族、友達、同僚たちと言葉で分かり合おうとしていた。
説明して、納得させて、正解を探して。
でも今は、こうして黙った相手と並んで座る時間が、不思議と心地いい。

会話にならない。
噛み合ってもいない。
それでも、なぜか孤独ではない。
銀太は今日も、何も言わない。
私は今日も、いろいろ話しかける。
その間に流れる沈黙が、少しだけあたたかい。

たぶん、会話なんて成立しなくていい。
分かり合えた“気がする”くらいが、ちょうどいい。
そう思いながら、私はまた銀太に声をかける。
「散歩、行くか?」

その瞬間、さっきまで微動だにしなかったしっぽが、ぶんぶんと正直に揺れた。
―― ああ、やっぱり。
一番大事なところだけは、ちゃんと通じているらしい。
今日も私たちの会話は成立しない。

でもそれでいい。
この噛み合わなさが、今の私にはちょうどいいのだから。