
※ 今回のコラムは、しばごろうの妻が書きました。
いつもと少し違う目線で、銀太との暮らしをお届けします。
銀太がうちに来たとき、わたしは犬との暮らしを少し舐めていた。
「散歩してごはんをあげれば、なんとかなるだろう」と思っていた。
なんとかなった。
でも「なんとかなる」というレベルをとっくに超えた何かが、今のわたしの日常に根を張っている。
起きる時間が変わった。
歩くルートが変わった。
お金の使い方も、物の見え方も、少しずつ確実に変わっていった。
銀太と暮らして変わったこと、正直に10個書いてみる。
① 朝に強くなった(意地でも)
夜勤明けで帰ってきて布団に倒れ込んでも、朝7時になれば銀太は決まった場所に座ってこちらを見ている。
何も言わない。ただ、見ている。
あの無言の圧力に負けてわたしは起きる。
以前は休日に昼過ぎまで寝ていた人間だった。今はそれができない。
できないけれど、不思議と後悔はない。
② 天気予報を毎日確認するようになった
以前のわたしにとって天気は「傘を持つかどうか」の情報だった。
今は違う。
「今日の散歩は何時に出れば涼しいか」「地面は熱くないか」を考えるための情報になっている。
夏の夕方、地面に手を当てて熱さを確認してから出発する。
そんなことを自然とするようになった。
③ 散歩コースに詳しくなった
あそこの角を曲がると銀太が必ず立ち止まる。川沿いのあの道は風が通って夏は必ずそっちに行く。
銀太が好きな場所・嫌いな場所を覚えていくうちに、自分の街のことが前より少し好きになっていた。
④ 「ただいま」と言う相手ができた
銀太が来るまで、帰宅は静かなものだった。ドアを開けても誰もいない。
それだけ。
今は帰り道に「どんな顔で出迎えてくれるかな」と思いながら鍵を開ける。
銀太は爆発的に喜ぶわけではない。しれっと座って、目だけで「おかえり」と言っている感じがする。
それだけで、疲れた日もなんとかなる気がした。
⑤ 写真フォルダが柴犬だらけになった
寝ている銀太、こちらを無視している銀太、ヒコーキ耳になっている銀太。
同じような写真が何百枚とある。消せない。
家族や友人よりも銀太の写真が多い自覚はある。反省はしていない。
⑥ お金の使い方が変わった
フード代、おやつ代、病院代……。想定していた金額の体感1.5倍はかかっている。
でも「もったいなかった」と思ったことは一度もない
自分のランチを節約して、その分銀太の国産おやつを買う。そういう優先順位が自然にできあがっていた。
⑦ 規則正しい生活になった(させられた)
夜勤明けだろうが、寝不足だろうが、銀太の散歩時間とごはん時間は変わらない。
そのルーティンに引っ張られるかたちで、わたしの生活も少しずつ整ってきた。
犬に生活を管理されているとも言えるが、まあそれでいい。
⑧ 立ち止まることを覚えた
散歩中、銀太はよく立ち止まる。最初はイライラしていた。
でも今は一緒に止まって周りを見る。風の音とか、夕焼けの色とか、気づかないまま通り過ぎていたものが見えてくる。
急いでいたのは、だいたいわたしだけだった。
⑨ 他人の犬が気になるようになった
以前は犬はただの「かわいい動物」だった。
今は犬を連れた見知らぬ人と目が合うと会釈したくなる。「同じ側の人間」という感覚がどこかにある。
それだけで少しだけ世界が広がった気がした
⑩ 「かけがえない」という感覚を知った

銀太がいない未来を、たまに考えてしまう。縁起でもないとわかっていながら。
そのたびに「今をちゃんと見ておこう」という気持ちになる。
昨日と同じ朝、昨日と同じ散歩。
それが当たり前じゃないと知っているから、今日のそれが少し特別に見える。
「かけがえない」という言葉の意味を、銀太が教えてくれた。
まとめ|銀太がいなかったら気づかなかったこと
書いてみたら、10個では足りなかった。
朝起きること、立ち止まること、ただいまと言うこと。そんな「なんでもないこと」の中に、前より豊かな何かが増えていた。
銀太はわたしに何も教えようとしていない。ただそこにいるだけだ。それなのに気づいたら、いろんなことを変えさせてもらっていた。
銀太、ありがとう。……まあ、本人には伝わらないけれど。
※(このコラムは、冒頭に申し上げた通り、しばごろうの妻が書きました。
夫とは少し違う視点で見ている銀太のことを、たまにここで書けたらと思っています。)
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