
夜の十一時を過ぎたころ、今日という一日をなんとかやり過ごした達成感と、どうしようもない疲労感を同時に味わっていた。
テレビはつけっぱなし、内容はほとんど頭に入っていない。
まさに中年男性の典型的な夜である。
私はソファに深く沈み込みながら、とりとめのないことばかりが、頭の中に浮かんでは消えていた。そのときだ。

廊下のほうから、カチャ、カチャ、と小さな音がする。
首輪の金具が揺れる音。
見ると、うちの柴犬”銀太”が、まっすぐこちらを見ていた。
耳はぴんと立ち、黒い瞳は妙に澄んでいる。
尻尾はゆるやかに振られ、「どうするの?」と言わんばかりの顔だ。

「いやいや、今日はもう散歩は行ったでしょう」
そう言いながらも、私はうすうす気づいている。
これは“お願い”ではない。彼にとっては“決定事項”だということに。
銀太は一歩、二歩と近づき、私の膝に前足をちょこんと乗せた。
体温がじんわり伝わる。視線は外さない。

その真顔が、またずるい。
笑っていないのに、なぜか楽しそうなのだ。
観念した私は、重たい腰を上げた。
10年前なら「よし、行くか!」と勢いもあったのだろうが、今は違う。
「明日も仕事なんだがなあ」と小声でつぶやきながら、上着を羽織る。こういうとき、自分の年齢をしみじみ感じる。
外は思ったより静かだった。
昼間は車と人でにぎやかな道も、今は月明かりだけが頼りだ。

銀太はというと、昼の散歩よりも足取りが軽い。
鼻をくんくんと鳴らしながら、街灯の下で影を追いかけたり、風の匂いを確かめたりしている。
突然、立ち止まり、じっと遠くを見る。
耳がわずかに動き、何かを感じ取っているらしい。
私はその横顔を見ながら思う。
「そんなに真剣に生きなくてもいいのに」と。
でも、たぶん彼は真剣なのではない。
ただ、今この瞬間をちゃんと味わっているだけなのだろう。

私はというと、今日の失敗や、言いそびれた一言や、これから先の不安なんかを、まだ少し引きずっている。
若いころは、何かを変えられる気がして焦っていた。
今はもう、全部を変えられないことも知っている。
その代わり、「まあ、いいか」と言えることが増えた。
それは諦めでもあるが、同時に少しの優しさでもある気がする。
銀太が急に振り返り、私の顔を見た。
「遅いよ」と言いたげに、軽く鼻を鳴らす。
私は苦笑する。

「悪かったな、足が短いんだよ。いや、年齢的に」
彼はそんな言い訳には興味がないらしい。
すぐに前を向き、また歩き出す。尻尾はくるりと巻いたまま、自信満々だ。
帰り道、家の灯りが見えてきたころ、私はふと気づいた。
さっきまで胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなっている。
特別なことは何も起きていない。ただ、銀太の後ろ姿を見ながら、ゆっくり歩いただけだ。
玄関に入ると、彼は満足そうにくるりと一回転し、そのまま寝床へ向かった。
振り返りもせず、当然のように。

「付き合ってくれてありがとう」とも、「また明日も頼むよ」とも言っているようで、何も言っていない。
私は靴を脱ぎながら、小さく笑った。
深夜の気まぐれ散歩は、きっと彼の気まぐれで始まる。
でも終わるころには、いつも私のほうが救われている。
寝床で丸くなった柴犬は、もう静かな寝息を立てている。
その規則正しい呼吸を聞きながら、私は思う。
明日もたぶん、いろいろある。
それでもまあ、夜になればまた、彼が首輪を鳴らすだろう。
その音を、少し楽しみにしている自分がいるのも悪くない。